丁寧につくりこまれたうたたち。そこには正統な歌謡曲からのルーツを思わす旋律、そして逆にモダンを現代的ポップスにしあげてみせる手法、その中にこそ宿る妖艶さ、おんなの情念があります。決して有名な二つのヒット曲だけではないむしろそれ以上の効用に満ちた楽曲が、キラ星の如くつまっていることに驚く作品です。
面白いなと思ったのは4「一思案」のポエトリーリーディング。佐野元春らのそれとは違い感情を込めた語り口で生々しい質感です。ライトな聴き方ではつい身構えてしまうでしょう。でもこのリアルさが表現ですよね。そんな彼女の肝の据わり方とはじめて対峙できたとき、その虚心坦懐な音楽姿勢こそ彼女の音楽の面白味だと思えましたし、その凝縮された瞬間がここでした。そこに本能的描写があるから深いところでひとに訴える力がある、私には一青窈とはそういう素晴らしさに聞こえます。こういう本気さは今のシーンではなかなかないし、中島みゆきの「元気ですか」に近づける系譜かもなと思ったのです。
他に挙げたいのは9「大家」や12「アリガ十々」。楽曲としても素晴らしく披露宴などでうたえば涙モノですが、もっと興味深いのは彼女の創作活動におけるコアに近い所がみえるからです。宮崎駿やボノが失った母親へのマザーコンプレックスが創作活動に大きく影響するように、彼女の楽曲にちらちらと映る影は、父親というミッシングピースへの回帰。その象徴的なうたです。
最後に、ヒロインの本能や激しさ、人間味を引出し彼女のカラーに定着させたのは武部聡志の力によるところでしょう。個性を引出すに卓越した武部氏。彼は小手先の歌詞は決して許しさず、生々しいほど訴えかける詞が出てこなければ書き直させます。それは、消費される音楽ではなく、ずっと残ってゆく音楽を作るには自らの色を濃く出さねばならないという強い信念があるからです。彼はそこで詞が出てくるまで待てるプロデューサーでもあり、そういう腰の据え方が一青窈という独創性豊かな逸材を花開かせ、ことばの切れ味をうませた、その結晶がこの作品ともいえるのです。
武部氏に鍛えられた一青氏の音楽は、当に彼女のオリジナリティで溢れており、間違いなく今後も時流に左右されない骨太な楽曲集といえる内容になっています。
Disc1
1.ハナミズキ(5th single、作曲:マシコタツロウ)
2.翡翠(「もらい泣き」収録、作曲:武部聡志)
3.もらい泣き(debut maxi single、作曲:溝渕大智、マシコタツロウ、武部聡志)
4.一思案(ひとしあん)(2nd album「一青想(ひとおもい)収録、作曲:井上陽水)
5.月天心(1st album「月天心」収録、作曲:武部聡志)
6.影踏み(6th maxi single、作曲:都志見隆)
7.うれしいこと。(3rd album「&」収録、作曲:武部聡志)
8.江戸ポルカ(4th maxi single、作曲:武部聡志)
9.大家(ダージャー)(2nd maxi single、作曲:マシコタツロウ)
10.さよならありがと(3rd album「&」収録、作曲:武部聡志)
11.指切り(8th maxi single、作曲:小林武史)
12.アリガ十々(1st album「月天心」収録、作曲:山内薫)
13.かざぐるま(7th maxi single、作曲:武部聡志)
14.金魚すくい(3rd maxi single、作曲:富田素弘)
15.あこるでぃおん〜Long ver.(「大家(ダージャー)収録、作曲:武部聡志)
16.てんとう虫(新録音、作曲:小林武史)