シューベルトの叙情的な調べには、従来から、どこか閉じ籠った一時凌ぎの安楽のような匂いを感じてはきたが、最近アファナシエフの「地獄に堕ちたシューベルト」という一文を読んで、見方が完全に変わってしまった。多分に文学チックなアファナシエフの文飾には警戒しつつも、この影響力は絶大だ。シューベルトは最も怖ろしい音楽を書いたのである。
そうなると、長年聴いているシューベルトの『鱒』や『死と乙女』といったウィーンの哀傷も俄かにその相貌を変えてくる。これまで見なかったもの、感じなかったものが感じられてくる。『鱒』のご機嫌愉快な心地よさは、第2楽章アンダンテのどこか不安げな進行に引き寄せられる。有名な第4楽章のテーマと変奏は仮初の、あるいは不安や恐怖の上っ面に過ぎない。
途中、短調の安逸を引き裂くような侵入には耳を覆いたくなる。そのあとのピアニッシモの変奏の虚ろなこと。これを叙情なんてことは誰も言えまい。フィナーレの軽快さは、冷え冷えとしたものを蔵した皮相な愉悦だ。
『死と乙女』は最早実存的な地獄である。第2楽章アンダンテ・コン・モトは、こう言ってはなんだが聴くにたえない気がする。ハーゲン・カルテットのノン・ヴィブラートによるボウイングがそれを弥増す。怖ろしい。
そうなると過去の名盤がかすんでくる。あの幸福なシューベルトの音楽に浸る歓びは、最早帰ってくることはない。物凄く不安だ。いったいどうなるのだろう・・・。いろいろなこと思わるる。
Disc1
1.ピアノ五重奏曲 イ長調 D667 《ます》第1楽章 Allegro vivace
2.ピアノ五重奏曲 イ長調 D667 《ます》第2楽章 Andante
3.ピアノ五重奏曲 イ長調 D667 《ます》第3楽章 Scherzo(Presto)
4.ピアノ五重奏曲 イ長調 D667 《ます》第4楽章 Thema(Andantino)-Variazioni(Allegretto)
5.ピアノ五重奏曲 イ長調 D667 《ます》第5楽章 Allegro giusto
6.弦楽四重奏曲 第14番 ニ短調 D810 《死と乙女》第1楽章 Allegro
7.弦楽四重奏曲 第14番 ニ短調 D810 《死と乙女》第2楽章 Andante con moto
8.弦楽四重奏曲 第14番 ニ短調 D810 《死と乙女》第3楽章 Scherzo(Allegro molto)
9.弦楽四重奏曲 第14番 ニ短調 D810 《死と乙女》第4楽章 Presto