カスタマーレビュー
あともう少し。 機動新世紀ガンダムX 10 [DVD] 高木渉
G、Wの流れからセオリーで行けばXも49話弱本来ならあったはず。 しかし打ち切りによって話数が削減され後半は駆け足で最終回に突入。 あと10話程余裕があればパーラをもう少し絡ませ活躍(Gファルコン合体)、ランスロー&ジャミルの共闘、フロスト兄弟との決戦、最終回の余談等もう少し長く、詳しく、余裕を持って観られたはず。
結局話数が足りない事から最終的に「説明」はしっかりとしたものの、展開的には中途半端、正しくは消化不良に終わり、もう少しやれたんじゃないだろうかと言う若干悔いの残る作品となってしまった。
自分はシリーズ中Xが一番好きです。 Xはストーリーに温かみがあり且つドラマチック。明るいキャラも多い事から全体に親しみやすい雰囲気はとても観やすくて好きです。 もしキッチリ全話分作られていたならファンは間違いなくもっと増えていたと思う。
ニュータイプじゃない? 機動新世紀ガンダムX 10 [DVD] 高木渉
ニュータイプの能力が異なる、という話をよく聞いていたのですが私はそうは思いませんでした。 強いて言うなら、 描写(演出)が違う。 ビームを弾かない。 機体性能にまで影響を及ぼさない。 能力を失う場合がある。 と言ったところです。 ティファに関しては「初代ガンダム」に登場したララァのような印象をうけました。 そもそも「ニュータイプ」とは優れた異能者を総称してそう呼んでいるにすぎないので、この作品の見解は鋭い所を突いていると思います。 この作品は、プラモ又はゲームが好きだからとか、周りに流されてではなく「初代ガンダム」等をきちんと内容を理解した上で面白いと言っている方にこそ見てほしいです。 いい意味でいろいろと考えさせられる作品です。
ニュータイプ論の終着点 機動新世紀ガンダムX 10 [DVD] 高木渉
「ニュータイプ論」という視点で機動新世紀ガンダムXを語ろうとすると、人によって様々な意見が出てくる。
例えば「宇宙世紀以外、ましてや富野監督以外がニュータイプを語るな!」というような過激な意見から「宇宙世紀(UC)のニュータイプとアフターウォー(AW)のニュータイプは別物。」というような意見まで色々である。
ニュータイプ論が現在も迷走を続けているのは、ひとえに富野監督が作品によってニュータイプの概念を変容させている事(めぐりあい宇宙ではニュータイプが人の可能性として描かれているにも関わらず、続編のTV版ゼータではニュータイプになっても分かり合えない、ニュータイプになっても救われない物語になっている等)と、同監督がシリーズ中でニュータイプ論に結論を示さないままうやむやになってしまっている事(F91,V,∀とシリーズが進むごとにニュータイプを取り扱わなくなっていく)に原因がある、と私は考えている。
富野監督をはじめ誰一人として、結論を示そうとしなかったニュータイプ論という命題に、果敢にも真正面から取り組んだ高松監督の試みは、決して非難されるべきものではない。
Xにおけるニュータイプ論では、以下のような結論が示された。---------いわゆるニュータイプと呼ばれる者たち “ニュータイプ能力者” は、人が宇宙に進出した時代に、いわば突然変異的に発生した一種の異能者でしかない。 “人の革新” や “ニュータイプ” という概念は、彼ら異能者に対して「全ての人が変革すべき姿である」と、人類が抱いた “幻想” に過ぎない。---------
だが、それは決して“ニュータイプ能力者”や“ニュータイプ能力”の存在自体を否定しているわけではない。ガンダムワールドには、確かにそれらは存在しているのだ。(宇宙世紀もアフターウォーも、∀ガンダムの黒歴史に内包されてる訳だし)
Xが否定しているのは、「ニュータイプ能力者だけが“人の革新”として未来を作れる」というような、「ニュータイプ能力者だけを過剰に神格化する考え方」だけなのだ。
確かに、ニュータイプには未来が見える。けれども、それは未来の無数の可能性のひとつが見えたに過ぎない。実際にどんな未来を手に入れるかは、今この世界に生きる人間一人一人の行動次第。(ガロードが、ニュータイプの少女ティファの予見を覆して未来を変えてきたように)
未来を作れるのは“ニュータイプ”だけじゃない。この世界に生きる“人”の数だけ未来はあるんだ。だとすれば、“ニュータイプという言葉”に未来を託すような“幻想”とは決別して、新しい時代を創ろう。
これこそが、高松監督がGXで伝えたかった“機動新世紀”の意味ではないだろうか?
GX本編から類推するに、ファーストガンダムに感化された“筋金入りのファーストガノタ”であろう高松監督が、ニュータイプだけが救われるのではなく、オールドタイプを “地球の重力に魂を引かれた人” として切り捨てるのでもなく、ニュータイプとオールドタイプの垣根を越えて“全ての人” が等しく救われる結論に辿り着いたことを素直に賞賛したい。
人々が信じた“人の革新”という希望は幻に過ぎなかった。
だが、落ち込む必要は無い。新しい未来は必ず訪れるのだから・・・
月がいつもそこにあるように・・・
普通だからこそ良い作品 機動新世紀ガンダムX 10 [DVD] 高木渉
Xは戦争によって荒廃した秩序もない戦後世界で、辛い事があっても諦める事無く前向きに生きようとする人達をメインに描き、それを代弁しているのが主人公のガロード・ランである。彼はその名の通り(ガ=我が、ロード=道を、ラン=行く)自分を信じ、不器用ながらも自分の力で過去に縛られずに未来を切り開こうと、困難に立ち向かいながら成長していく普通の人間の主人公である。そして、ガロードのこの姿勢がXに於ける「ニュータイプ論」の中核を担っている。
最終話でD・O・M・Eが語ったXに於いての答えに個人的には納得した。「未来を変えるのは特別な力を持った人間ではない。今そこに生きる人間一人一人が自分の意思を持ち、失敗を恐れずに未来を変えようと行動することが大切だ」と、アニメだからと理想的ではなく現実的な結論として語っている所が良かった。所詮はアニメだけど、現実世界を生きる上で大切な事をXはテーマとして描いている。だが、この現実的なテーマを重視し、キャラクターのちょっとした発言や仕草で作品を描いた事で見た目が地味になり、キャラクターやMSが他のガンダム作品よりも地味で突出する所がなく魅力がないと批判されるようになった。だが、それがXの特徴となり、ガンダム作品の中で地味さが突出する作品として認識されるようになった。
Xは視聴者がどの視点から見て、語られる結論をどう受け止めるかで評価がはっきりと分かれる作品となった為に、他の作品の支持者から散々批判され、賛否両論の激しい作品にはなったが、Xは決して駄作と呼ばれるようなふざけた作品ではない。
「ガンダム」というブランド名に対する執着と崩壊 機動新世紀ガンダムX 10 [DVD] 高木渉
一般的には「シリーズ一の駄作」「『ガンダム』史上、もっとも数奇な運命を辿る」「報われることなく散った作品」(「アニメ批評 #001」)などと言われていますが、何が原因だったのでしょうか?
「ガンダムX」の話題になるとなぜか必ず登場する単語が「視聴率」と「打ち切り」です。「ガンダムX」の視聴率は、26話までの間に4.3%を2回ほど超えるレベルで安定します。……ちなみに、前番組「ガンダムW」の視聴率が平均4.3%でありシリーズ屈指の低さでした。
そして、そこで事件が起こります。それまで夕方5時の放送だったのが、27話から朝の6時に左遷されてしまったのです。当然、後はひたすらかわいそうな視聴率が続くことになりました。
27話「おさらばで御座います」 1.5%
28話「撃つしかないのか!」 1.4%
29話「私を見て」 0.8%
30話「もう逢えない気がして」 1.5%
31話「飛べ、ガロード!」 1.4%
32話「あれはGファルコン!」 0.8%
33話「どうして俺を知っている!?」 1.4%
34話「月が見えた!」 0.8%
35話「希望の灯は消さない」 1.3%
36話「僕らが求めた戦争だ」 1.5%
37話「フリーデン発進せよ」 1.7%
38話「私はD.O.M.E… かつてニュータイプと呼ばれた者」 1.1%
最終話「月はいつもそこにある」 0.6%
そして、全46話の予定だったハズが、ここで打ち切り。おさらばで御座います。結局、6.2%で始まって0.6%で終わるという美しい視聴率の流れができあがってしまいました。
打ち切りのせいで、物語終盤に悟った人が登場。金田一少年のように関係者を招集して長々と喋り、作品のテーマを全部クチで説明してくれる最終回になってしまいました。
……まあ、監督には、1年間放送したアニメの最終回で「実は主人公たちは二次元人だった!」をやった前歴がありますから、別に打ち切られなくてもメメタァな終わり方をした可能性はありますけど。
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