エディターレビュー
丹波篠山の旧家、森山家の書生見習い、淳(篠田三郎)は、家を護ることを母から言い聞かされ、寸分の狂いもなく忠実に働き続けている。森山家では、長男・康(岸田森)の淡白さに妻の夏子(八並映子)は不満を隠せない。住み込みの書生・和田(田村亮)はお手伝いの藤野(桜井浩子)との情愛にふけっており、その光景を目撃した夏子は興奮し、淳を誘惑していく……。 旧家の伝統を護ろうとする青年と、加速度的に崩壊の一途をたどっていく旧家のただれた人間関係を通し、日本人の精神風土を鋭くえぐる実相寺昭雄監督作品。『無常』『曼陀羅』に続くエロス三部作の完結編的要素を備えたものだが、シネスコのモノクローム映像で捉えられた古い家屋の中で欲望を満たそうとする男女の姿は、まるで伝統の重圧からエスケープしようとしているかのようだ。また、伝統を護ろうとする青年もどこか奇異な存在として映えるのも、倒錯感に拍車をかけている。(的田也寸志)
カスタマーレビュー
ライトコメディ 哥(うた) [DVD] 篠田三郎
篠田三郎が頑なに旧家を守る姿と東野英心の登場から、その形が崩れて行きます。大島渚「儀式」と同じ題材ですが、こちらは家長への疑問とセットで、反骨精神一杯に描いています。反面「哥」はモノクロの暗い旧家と僅かな光りを使い、篠田と東野を対象的に描く事で、笑いを誘います。やはり実相寺昭雄は「無常」の完成度が高く、「曼陀羅」を含め実験的要素の強い作品と言えるでしょう。
崩れ行く「家」への鎮魂歌 哥(うた) [DVD] 篠田三郎
「無常」と同じく実相寺の関心はここでも「家」である。それも、滅び行く「家」である。日本の封建社会を形作ってきた「家」はそれを構成する「人」によって境界付けられていたが、その境界を越える背徳のエロスはそれを内部から破壊する。森山家とその財産たる山は日本を象徴する存在であり、篠田扮する順はその喪失と崩壊を象徴する死に行く魂である。順が墓碑銘に「永遠の絶対性」を見出そうとするのは、それが纏綿と続く「家」の永続性を表しているかのように見えるからだが、どこからともなく現れた僧はそれをにべもなく否定する。農村の林業家が実家の私にはこの映画の言わんとすることは良くわかるし、これは21世紀の現在においても進行中の話である。谷崎の「細雪」と同じテーマを扱っているが、ずっと暗い。最後のほうで、現世の虚無性などについての大演説があるが、ちょっとしゃべりすぎで、あれはないほうが良いと思う。
1970年代の伝統美回帰と挫折 哥(うた) [DVD] 篠田三郎
私は『怪奇大作戦』が大好きで、見尽くして(「狂鬼人間」を含む)、そしてその結果実相寺昭夫コレクションに行き着いた人間です。だからこの作品も『怪奇大作戦』の「呪いの壺」と同じレベルで鑑賞しました。滅び行く日本的美しさ、気骨と、その対極にある東野孝彦演ずる俗物根性。やっぱりこれは「呪いの壺」を再構築したものではないのかと思います。結局主人公の淳は日本的「美」に殉じたのですが、それはほとんど放射線を浴びて死んでいく「呪いの壺」の犯人そのものです。理想社会を作ろうと運動してきた学生が、夢敗れ、大人になり、日本の伝統的美に回帰してきた時に、その伝統美さえ手垢にまみれてしまっていた、という事でしょうか。バブル経済の狂奔がこの後に続き、現代ではこの作品にある様な「理想の日本」は跡形もなくなってしまいました。陶芸などの伝統工芸も、あたかもトキのように保護しないと存続しないものになり、今では100円ショップで有田焼がすぐに手に入ります。もう2度とこういう作品は作られないのではないかと思いました。伝統美を切に求めようとする心象すら死んだのです。「実」さんのレビューに三島由紀夫の例が引かれていましたが、非常に適切だと思います。同時に日本美を描いた小説が評価されてノーベル文学賞を受賞した川端康成がガス自殺した事例も思い浮かべました。そしてこの雰囲気は、角川映画で横溝正史作品があれほどまでにヒットした要因だったのではと思います。ところで私は1970年代はまだ子どもで、リアルタイムのATG映画は『家族ゲーム』くらいなのですが、『哥』の時期のATG映画は実に味わいがありますね。とってもいいです。TVの深夜枠で『こころ』や『不連続殺人事件』をやっていたのを見たことがありますが、是非ああいう埋もれたATGの名作をDVD化して欲しいものです。
古き日本の崩壊 哥(うた) [DVD] 篠田三郎
この映画が公開されたころ、三島由紀夫氏は戦前の古き日本に回帰していったのと対照的にこの映画は旧き日本の崩壊を一人の青年をとおして、ある意味滑稽に冷徹に描いていると思う。 篠田三郎の狂的な目つきが忘れられない。
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