私は映画館で見、更にDVDを購入しました。映像、登場人物、衣装が美しく、知らぬうちに十九世紀末パリの社交界の空気に自分が飲み込まれている、という実に魅力的な作品です。これは十九世紀末、マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」という長編小説を元に作られたものですが、いきなり映画を見ると人物関係などがはっきりせず、戸惑うかもしれません。オソロシイくらい長い物語なので、大まかな粗筋を知ってから観ると更に楽しめます。美しいド・ヌーヴ、E・ベアール、そして何よりもジョン・マルコヴィッチ演じる妖しくダンディーな同性愛者シャリリュス男爵は見逃せません。また、フランス語が聞き取りやすいので、語学の勉強にもおすすめです。
『失われた時を求めて』は、作家イブ・シモンによれば、読了した人はそのことを名刺に刷り込んでもいい、ということです。私の友人には、4回読んだというツワモノがいますから、1度読んだぐらいで名刺に刷り込むかなあ、とも思いますが。出演は、豪華キャストです。一方、特筆すべきは主人公のマルセルで、プルーストのそっくりさんの素人を起用していること。話者の「私」=マルセルが、プルーストの写真とそっくりであるということは、この映画にとっては非常に重要なことです。プルースト・ファンは、それだけでこの映画を堪能できてしまうからです。プルーストを写真で見たことのある人は、あまりのそっくりぶりに、うれしくなってしまうでしょう。登場人物について言えば、どちらかというとジルベルトよりアルベルチーヌが好きな私には、監督が後者より前者に肩入れしているのがわかって、ちょっとがっかりしたりしました。今回、エマニュエル・ベアール演じるジルベルトは実に美しくて、ジルベルト像が一変してしまったぐらいです。また、娼婦出身のオデットをカトリーヌ・ドヌーブが演じたせいで、オデット像が高貴に変容してしまいました。これはこの映画の特徴をよく表しています。この映画は、特権的映画だと言えます。『失われた時を求めて』を読了した読者だけが、特権的に映画の快楽を享受できるという意味です。プルーストの小説は、ヨーロッパの文化人にとっては、基礎的教養なのでしょう。ですから、ジルベルトがマルセルの若い頃の恋人で、なおかつオデットの娘であり、さらにはマルセルの親友ロベール・ド・サン=ルーの妻である、などというややこしい説明ははぶかれているのです。ラウル・ルイスは、プルーストの小説をほぼ忠実に映画に翻案しています。「真の楽園は、ひとたび失われた楽園だ」などという小説の文章をそのまま引用されたりすると、とたんにうれしくなってしまうのは、やはりプルースト読者の特権なのでしょう。
プルーストの長大な原作『失われた時を求めて』最終章「見出された時」の映画化。
俳優よし脚本よしは勿論、細かい部分まで本当に豪華な作品。カルティエの100年前の本物のアンティークアクセサリーなど、衣装、小道具にまでこだわりが行き届いていることをはじめ、非常に美しい。非常に多くのテーマを含む原作の味がよく出ていて、世紀末パリ上流社交界や時代の頽廃が充分に味わえる。プルーストファンは勿論、コスチュームもの好きにもバッチリ。
原作を知らなくても観たいという人には、映画のパンフか原作のあらすじ紹介本だけでも一読してから見ることをお勧めする。私は、このDVDを買って3回ぐらい見直してやーっと「そうだったっけね」と最終巻を理解したかもしれない。繰り返し見てもツラくなかった。
原作を全く聴いたこともないという人がたまたまこの映画を知っていきなり観るのは厳しいかもしれないが、好きな俳優目当てというのもOK。これから読もうという人にも理解の助けになる。
俳優陣も、主人公(映画の中では「マルセル」)は「プルーストの面差しがある」ということで選ばれた無名俳優(声も別の俳優の吹替)だがなかなかよく、何と言ってもカドリーヌ・ドヌーヴの貫禄は圧巻。そしてジョン・マルコヴィッチ、ヴァンサン・カッセルなど芸達者にしてクセモノ揃い。クセモノ好きにはたまらないし、物語の中の彼らの関係までもまた絶妙。
特典は人物関係図、俳優紹介など、普通のもの。