黒魔術を使う高校生・黒井ミサをヒロインに据えた古賀信一の名作コミックを原作とした映画版第4弾。森の中で若い男女5人の惨殺死体と、唯一の生存者・黒井ミサが発見された。しかし、人間わざとは思えない死体の状況を知ったワイドショー番組は、視聴率アップを目指し、ミサを魔女と揶揄(やゆ)する報道を開始していく…。
鈴木浩介監督のパワフルな演出と、遠藤憲一や諏訪太朗といった日本を代表する個性派名優たちのエネルギッシュな怪演により、前3作とは趣を異にしつつ、現代によみがえる魔女狩りの恐怖が描かれていく。一見行き過ぎとも思えるTV局側描写の数々だが、彼らがすでに魔に魅入られてしまったがゆえの行動、と解釈することも大いに可能であり、それを納得させるほどの美貌(びぼう)と憂いを体現しているミサ役・加藤夏希の存在感も特筆しておいていいだろう。(的田也寸志)
エコエコアザラク劇場版4作目であり、本来なら「エコエコアザラク4」と表記されるべきなんでしょうが、一作目と全くの同名の「エコエコアザラク」であるので、間違えないようご用心ください。
さて、今回の監督は鈴木浩介、黒井ミサ役は加藤夏希です。
この映画は全編、加藤夏希の黒井ミサを「いかに美しく撮るか」に主眼を置いているような印象を受けます。
そのため、黒井ミサの美少女振りが引き立つのですが、原作の「素直なのに小悪魔的な」黒井ミサの雰囲気が全く反映されていません。
また、黒井ミサ自身が自分が魔女である事を知らない(この作品では、そもそも魔女ではないという設定のようだ)ため、「魔女狩りの犠牲になった超能力少女の物語」にすぎず、「エコエコアザラク」である必要が全くないというストーリーは考え物です。
視聴率稼ぎのために、黒井ミサを魔女に仕立て、糾弾する下衆で醜いTV局関係者と、記憶喪失のミサとの対比が印象的。
ミサの周りで次々起こる不気味な殺人を描きますが、どれもサスペンスの演出が中途半端な感が歪めません。
また、テレビのヤラセを真に受け、黒井ミサを「魔女だ」として怯えるミサの同級生、学校の先生たちの行動の演出も力不足の感が。
冒頭で観客に問いかける、「森で何が起こったのか」を、サスペンスフルに引きつけようとしている様なのですが、内容は読めてしまうし演出が冗長で、間が甘すぎであるために欠伸が出てしまう。
留守番電話のオカルティックな演出なども、もうちょっとうまく撮れば本当に怖いはずなのですが、雑然とした愡も歪めないし、精神科医の登場なども唐突。
一瞬一瞬のカットは美的に優れているのに、映画としてみたらまるでうまくいっていない典型例です。
「エコエコアザラク」は1995年の佐藤嗣麻子監督、吉野公佳が黒井ミサを演じる第一作が最高の出来で、こちらはアメリカの最高のオカルト映画と比べても遜色ないほどでした。
(佐藤嗣麻子監督は、「ヴァージニア」という吸血鬼映画をアメリカで撮り、1992年東京国際ファンタスティック映画祭で、アボリアッツ大賞を獲ったほどの監督だから当然かもしれない。しかも、佐藤嗣麻子監督は、子供の頃からの「エコエコアザラク」の愛読者で、思い入れが全然違うのです。)
いろいろ「出来の良い」、第一作「エコエコアザラク」と比べると不満がありますので「必見」とはいえませんが、デジタルシネマの触れ込みの通り、最高の機材を使っている美麗な映像、詩的な雰囲気はとても見応えがあります。