1983年作の本作を私は空調のカビの臭い漂う名画館で観た。そのスクリーンももう十数年前に閉館してしまった。なぜこんなことをあえて書くかと言えば、本作のもろい滅びの切なさが、そんな滅び行く映画館にふさわしく結びついて記憶されているからだ。これが洒落た劇場で観たなら、また味わいが違ったはずだろう。本編はフランスのミステリー作家セバスチャン・ジャプリゾの原作に拠る映画化だが、かなり難産の映画だったらしい。アジャーニは最初のオファーを蹴っており、ヒロインは別の女優で撮影が始まっていたという。脚本にはまったアジャーニが役を取りかえしたとの事だが、本作の出来をすればそんな気まぐれ我侭も結果オーライと許されるだろう。
はしょって解説すれば南フランスの片田舎を舞台にしたミステリーサスペンスなのだが、アジャーニだけに、妖しくもトラウマを秘めた気まぐれな女の危うさを見事に演じきっている。結末に精神病院のベットの上で微笑んでいる彼女の眼は、どうだろう。狂気の演技では75年「アデルの恋の物語」や80年「ポゼッション」で定評を得ているが、眼は口ほどに物を言う、ベッドに腰掛け投げかけられるあのさり気ない眼差しと微笑みは、狂気の悲哀・切なさを見事に物語っている。
他のレビューにも語られているが、本作のアジャーニが好きだと言う人は多い。主人公エルは壊れ物の様な女であり、手を差し伸べると破片で指をきってしまいそうな、ガラス細工の様な女である。こういう女は女性の眼から観てどう映るのだろうか、まあ男にしてみればこんな女に憧れられちゃたまらんですが(^^;)観た方は憧れて真似をしたりしないでね。アジャーニのもろいガラスの様な美しさが、この悲劇に切ない華を添えております。