カスタマーレビュー
宙釣りのままで 死の棘 [VHS] 松坂慶子
小栗監督の作品をゆっくり観てきた。本作だけが未見だったが ようやく今回観る機会を得た。
「死の棘」という言葉は新約聖書コリント人の手紙1の15章から採られている。「死の棘は罪なり、罪の力は律法なり」という一文だ。
本作は夫の浮気という「死の棘」が刺さってしまった家庭の話である。
夫の浮気は別に珍しくもなんともない話だ。陳腐と言って良い。但し 本作が展開する「棘」とは そんなありきたりな話では済まなくなっていく。観ているうちに 狂気に走っているのは妻なのか夫なのかもはっきりしなくなっていくからだ。
しかも 監督は 幾分非現実的なセットを用意して本作を撮っている。観ていると 映画というより演劇のように感じてくる。おまけに季節感が狂ってくる。夏の場面の次には 正月の場面であり まもなくススキが写りだされる。時間の推移ということなのだろうが 観ているこちらとしては 空間的にも時間的にも 混乱させられてくる。観ている場面の季節すら良く分からなくからだ。
狂っているのが 妻や夫だけではなく 観ているこちらまで狂っているような気がしてくるから 不思議だ。
本作の最後に 「救い」は用意されていないと僕は観る。最後の場面に「治癒」が見えるとも思えない。僕らは宙釣りにされたまま.....幾度か首を釣ろうとして失敗していた夫と妻とは違って......本作を観終えることになる。これも得難い体験だ。
邦画にもこれほどの力があるのだ 死の棘 [VHS] 松坂慶子
小栗監督は映画論に造詣が深く、 学者肌のため寡作である。 それはさておき本作品は、文芸映画 としておおいなる収穫だ。 多くの方にぜひ見ていただきたい。
島尾敏雄と妻が生きた世界はなんだったのか? 死の棘 [VHS] 松坂慶子
俊雄の恋愛は事実であった。疑惑の中で耐え続けた妻ミホ。 「苦しめたくないのに苦しめてしまう」女を演じるのは松阪慶子、苦しめられる男を演じるのは岸本一徳。 勝手にわいてくる疑惑。愛と責め、男と女。太平洋戦争のまっただ中であった二人。特攻隊島尾中尉殿は出撃命令が下されなかった。ミホの感情の変化は激しい。言葉は棘として突き刺さる。問いつめる女。こたえる男。二人をみつつ育つ子ども二人。小康状態。年始の挨拶。様式化されている新年の儀式。ぼくはこのような様式を求めてきたのか。「お母さんの田舎に帰ろう」と男は子どもたちに語る。場所は奄美大島に移る。 大学病院を受診する、入院する。 帰ってくる妻ミホ、うけいれる俊雄、こども二人。 元愛人がきて、追いかけるミホ。近所のものたちが集まってくる。 子どもを奄美の名瀬にあずける、俊雄とミホは入院生活。持続精神療法がはじまる。 1時間55分の作品。原作者の島尾敏雄は69歳ですでに死去していた。
魂の深淵での絶望と愛 死の棘 [VHS] 松坂慶子
この映画のテーマは死の棘ゆえの魂の苦闘、プラスとマイナスの力の拮抗である。原作に伴う漠然とした陰鬱は、醜の深淵を象徴している。妻ミホの執拗な詰問は、絶望への序曲ではなく、迷いの世界から魂の深みへと潜行するためのセラピーである。 始まりは不倫というありきたりの事件だった。苦悩が主人公トシオから妻ミホ、そして子供たちをも巻き込み、家庭をむしばんでいく。不倫を契機に、静かに眠っていた死の棘が呼び覚まされ、しっと・不信・弁解・欺き・不安をまき散らす。これが私たちの日常性ではないか。やがて、愛人を交えた三者の苦闘へと変わる。三者の桔抗において、死の棘が底知れぬ力を発揮する。特攻隊の生き残り、すでに死をかけてしまったトシオの屍は、錨つな解かれ、欲望の大海を漂うかじ取り不在の小舟である。 圧巻は、精神病院からミホがいなくなるシーンである。真夜中の精神病院の裏庭。濁り水をたたえた水槽の底を竹ざおで突きながら、死体を探すトシオ。涙さえ流さずに。その姿には、私たちの魂の邪悪なものすべてが表現されている。だが、死体は見つからない。トシオは不安を覚え、病棟へ駆け戻る。 何とそこには、先回りしたミホが光の中に立っていた。しかし、驚くべきことは、このときのミホの表情である。憎しみや怒りとは無縁の、慈愛に満ちたほほ笑みで迎える。不実の極み、自らの死さえ望んでいた夫に「あなたが私を呼んだから戻ってきたの」という。 そこには暴力性のない、だが、悪をも善へと変容させる驚くべき力の顕現がある。ミホのひたむきな愛によって、自らの魂と徐々に向き合うトシオ。こだわり続けた死の棘が効力を失い、律法という倫理観、正義観、日常性を超えた不思議な愛が現れる。真剣に人を愛する心の回復である。愛は一方通行では成り立たない。対面を避けてきたトシオを愛の応答へと促す。癒しが必要だったのは、トシオの魂だった。こうしてラストシーンへ収斂する。
無理が有る 死の棘 [VHS] 松坂慶子
原作はかなり分厚い小説である。 しかも、内容は一進一退しながら悪化していく狂気の様子を描いただけのもの。さしてストーリーはない。 原作は心理描写に筆の力があるので、興味深く読める。 しかし込み入った思考を辿った上での心理ゆえ、映画でそれを表現すると言うのは、役者が幾ら巧くても不可能である。 どうせなら、大胆にアレンジすればいいと思うが、台詞の一つ一つに至るまで、かなり原作に忠実である。 そして、神経を病んだ妻役に、ガタイのいい松坂慶子がなんともミスキャスト。 更に理知的ではないトシオ(岸辺一徳)の愛人が、知性的な色気の有る木内みどりって言うのもミスキャスト。 ああ、無理が有る。
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