カスタマーレビュー
深々と見入ってしまうサイコスリラー、『優しき殺人者』 Beware My Lovely [VHS] [Import] Ida Lupino
これは、モノクロ撮影によるフィルム・ノワール(40年代に育まれた暗い雰囲気を持つ、アメリカ映画)最盛期に生まれた作品です。女優のアイダ・ルピノと元夫で映画製作者であったコリアー・ヤングが共同で立ち上げたプロダクション「FILMAKERS」制作による本編にはルピノらが好んだ社会的問題が扱われています。これは同プロダクションが放ったフイルム・ノワールである『ヒッチハイカー』や『二重結婚者』といった作品にもいえることです。
この『優しき殺人者』を一言でたとえるなら、「深々と見入ってしまうサイコ・スリラー」といったふうになるのでしょうか。気の狂った一人の男が、ある未亡人を彼女の自宅にて監禁します。こうしたある種意味の無い一見ばかばかしいストーリーを大真面目にとり上げているのですが、しかし、そのばかばかしさも、ストーリーを追っていくうち次第に社会のひずみ、特に戦争によって傷つけられた主人公たちの“心の痛み”について考えざるを得ない気持ちにとってかわられます。この男が軍に志願したのにもかかわらず拒絶され、それによる過度の劣等感から精神的な病が進行してしまったこと、未亡人の夫が戦死してしまったことなどが次第に明らかになってくるからです。こうした登場人物の“心の痛み”が胸に迫ってくるのです。
このフィルムを忘れがたいものにしている一つの大きな要因が、気の狂った男ハワードを演じたロバート・ライアンの鬼気迫る演技です。戦後必要とされた複雑でペシミズムに満ちた心理描写を誰よりも味わい深く表現することのできた名優ロバート・ライアン。本編で彼は優しさと狂気を巧みにブレンドさせながら、記憶喪失と自意識過剰に苛まれる哀れな狂人を熱演しています。時に恐ろしく、時に掴みどころ無く、時に悲哀を込めて。ライアンによるキャラクター造形の複雑な面白さがこのフィルムの重要な着眼点です。本編をニコラス・レイ監督の『危険な場所で』と並ぶ彼の隠れた代表作に挙げている人もいるくらいです。
狂人ハワードに脅かされるのは優しき未亡人ヘレンで、アイダ・ルピノ本人が演じています。穏やかな淑女の顔が、ハワードの狂気を確信していくうちに恐怖でゆがんでいくといったなまめかしい心の変化を的確にとらえていて、これも名演と呼んでも差し支えの無いものだと思います。『夜までドライブ』、『ハイ・シエラ』、『深夜の歌声』、『危険な場所で』などでその含みのあるエレガントな魅力を堪能させてくれたフィルム・ノワールの女神、ルピノにこそ似つかわしい精神的な起伏に富んだ役柄です。
監督はこれがデビュー作で、もともとセットデザイナーであったハリー・ホーナー。経験がなくとも才能ありと認めるやルピノはこうした業界人にチャンスを与えていたのです。ホーナー監督はルピノの期待に応えるかのように舞台となる邸宅のインテリアの見せ方を細部まで工夫し、サスペンスを静かに盛り上げようと創意工夫を凝らします。メル・ディネリが自作のブロードウェイ舞台劇から書き下ろした脚本のせいか、途中どこかぎこちない部分があったり、ラストが大幅に変更させられてしまっていたりする部分が弱みといえば弱みにはなっています。が、ホーナー監督の演出は舞台のそれを思わせるおとなしめのものであるとはいえ、逆に徐々に高まっていく切実感と主演二人の熱演がじっくりとそして確かに引き出されていて目を見張るものがあります。金槌、軍服、受話器、鏡、包丁、オルゴール、クリスマスツリーなど、沈黙の間合いにも意図的なシンボリズムがさりげなく配されているあたりがとても味わい深く感じられますし、全編に渡って漂う虚無感が一種の不思議さとシュールな味わいを醸し出し、作品にユニークな芸術性を与えています。
こうした諸要素が『危険な場所で』の名カメラマン、ジョージ・ディスカントによる陰影濃く、実験的な角度から画面をとらえたカメラに収められています。特にアップになったライアンの不安定な表情の恐ろしさ、恐れおののくルピノの姿のとらえ方、室内の明暗の美しさ、また鏡や水の映りこみの巧みな使い方などにディスカントの芸術的作画センスが垣間見えます。
そんなわけで、あまりにも暗く一見無意味で退屈になりがちな題材に取り組んだせいか本編の市場での評価はまだまだ高いというわけにはいきませんが、昨今これをカルト・フィルムとして賞賛する動きも出ています。フォスター・ハーシュは著作であるフィルム・ノワール研究本『Film Noir:The Dark Side of The Screen』の中の111作品から成る厳選フィルムリストの中に本編を含め、現代のリマスター技術によってこのフィルムが美しく復元されたとしたら是非観賞し直したいとまでコメントしています。またRKO社制作によるフィルムの評論本『The RKO Story』は「全編を通して恐ろしさが伝わってくるフィルムで、主演二人の演技の複雑さと深さがよく出ている」と評し、『DVD & VIDEO GUIDE』も「最後まで暗く張りつめたサスペンスが持続する作品』として高評価を下しています。確かに丁寧な職人芸が随所に散りばめられた見過ごされた佳作として観賞するに大いに値するフィルムであることは間違いありません。
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