あとがきにて黒田昌郎監督は
「大人の世界とこどもの世界」をきちん描く方針だった、
と述べておられます。
こどもを虐げる大人を見ると「この野郎」と拳を上げたくなります。
しかし大人はいつも自分の信念を貫けるとは限らない弱味を持っていることになります。
このことを念頭に入れて丁寧に作ったからこそ現代社会においても
『フランダースの犬』は不動の「市民権」を保持しているのだ思います。
確かに不動の存在ではありますが、少々気になったことがございます。
P.200にてネロはおじいさんを入れた棺桶を神父さんともに埋めたとあります。
リアルではありません。
少人数でおじいさんを入れた棺桶を持ち上げられるのでしょうか?
魔法を使ったのなら分かります。
しかし『フランダースの犬』は「現実」世界が舞台です。
もう少し工夫が必要なのではなかったかと思っています。
さてハッとしたところがありました。
P.217で村人たちがネロを放火魔と一方的に決め付ける場面です。
これを現代社会に置き換えて見ましょう。
すなわちマス・メディアの情報を安易に信じ込む一般大衆の姿が現れます。
もし村人の中でハンスの「情報」を批判的に見る人がいたとすれば、
ネロは天国なんかに行かずに、この世で楽しく暮らせたではなかったでしょうか。
日々流れてくる情報に対し、その限界点を見つける作業を
なおざりしてはいけないことの典型例でしょう。