カスタマーレビュー
ニーチェ?という人でもだいたい理解できるやさしい本。 ニーチェ入門 (ちくま新書)
ニーチェ?実存主義?イデア?など哲学初心者の私にも、ニーチェ哲学のあらましが理解できました。本書は公務員試験(国家2種・平成18年度)の問題に使われたことがある。つまりそれだけ良書であり、平易な本であるということ。この本をより理解しやすくするために、私の場合、同じ著者の『知識ゼロからの哲学入門』のニーチェの箇所の図が役立ちました。
入門書としては適切な1冊 ニーチェ入門 (ちくま新書)
ニーチェの入門書は、それを書いた人の思い入れが強いものが多く、ニーチェが本当にそんなことをいったのか? と首をひねりたくなるものがありますが、本書はニーチェ哲学の全体像を把握するうえで、たいへんバランスがとれていて入門書としては適切だと思います。
ただ、永遠回帰や力への意志に関する著者の解釈にまで至ると、ニーチェというのは、そんな現代日本的ヒューマニズムに容易に変換可能な哲学者なんだっけといってみたくなります。しかし、読者がニーチェという日本的なものとはきわめて異質な哲学者にはじめて接して、みずからを顧みるきっかけになる本だとはいえるでしょう。
害のないニーチェ ニーチェ入門 (ちくま新書)
竹田氏は、ニーチェを「害のない思想家」「役に立つ思想家」にしようとしている。そういう試みはバカバカしいと思うし、ニーチェをナチズムから擁護したり「ニーチェの復権」を叫んだりするのは、それ自体がすごくルサンチマン的だと思う。
ところどころ、ポスト・モダニズムが云々、ドゥルーズが云々という話が出てくるのもアホらしい。「現代思想におけるニーチェの復権」とか「ポスト・マルクス主義としてのニーチェ」とかいう考え方は、ニーチェをただの「流行」にし、そうすることによってニーチェを殺してしまっている。
竹田氏は、ニーチェの道徳批判を「異常な道徳」あるいは「危険な道徳」に対する批判にしようとしているようだ。だが、ニーチェが問題にしたのは、竹田氏が「必要なもの」「自然なもの」「当たり前のもの」として片付けようとした「正常な道徳」なのではないだろうか。もしそうでないなら(ニーチェが「異常な道徳」の批判者に過ぎないのなら)ニーチェなんてどこにでもいるような下らない思想家の1人に過ぎないではないか、と僕は思ってしまう。
ニーチェは現代にこそ求められる思想だった ニーチェ入門 (ちくま新書)
多くの哲学者の中でニーチェにはなぜが強く惹かれる。本書を読んでそれは間違いでなかったと分かった。現代に必要な思想はこれではないか。「倫理や道徳によって人間をますます弱体化し平均化することで達成されるような『公平なる状態』が目標なのではなく、弱者のモデルとなる強力な『個人』の創出こそが目標である」というのは、強者の理論と誤解されるのだろうか。キリスト教的な「貧しいものこそ幸いである」ではなく「君が貧しければ、まず自分自身のルサンチマンと戦え。」、「他人のために尽くせ」ではなく「正義を言い立てる者こそ、最も警戒せよ」と説くニーチェの思想は、「善きこと」を疑うことで「善きこと」への希求の力を強くしていると著者が言うように、とかく「癒し」とか「優しさ」を追い求めるがゆえに傷つき病む現代人が強く生きることができるようにとのエールと思える。
ニーチェに興味がある人へ ニーチェ入門 (ちくま新書)
ここ数年でしょうか、
よく「絶対的に正しいものなんて何もない」といった意見を耳にしますよね。
というか、恥ずかしながら私自身もよくそう言っていました。
しかし、「絶対的に正しいものはない」という考え方は、
実は、50年ほど前にレヴィ・ストロースが「構造人類学」や「野生の思考」で伝えようとしていたことそのものだと言っても、差し支えないでしょう。
こうした構造主義思想の根底にあるのが、ニーチェの思想だといいます。
かつて、興味本位で「善悪の彼岸」を読み始めて、まもなく挫折しましたが、
この本を読んで、ニーチェ思想の思想的位置づけやその大まかな内容、ニーチェのたどった人生などを簡単に知った上で、改めて「道徳の系譜」や「善悪の彼岸」を読むと、
当時あまりに難解でまったく理解できなかったものが、相当に面白く、
読み始めたら止まらないものになりました。
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