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内館氏の研究の成果を著す良書 女はなぜ土俵にあがれないのか (幻冬舎新書)
内館氏は幼少の頃から大相撲が好きで横審にまでなられたことはつとに有名です。その内館氏が大学に入って相撲の歴史の研究の成果を纏めて上梓したのが本書です。
内館氏は女人禁制を破るのは反対の立場だというのは周知のことと思います。それを、男女平等に反するとして女も土俵に上げさせろというのが女の議員達です。その婦人議員達は女同士でグループを作り女性の為に何かをしようという議員が多く、何でも女性の味方でそうするのが当然という女性にだけ票を入れられたような感じのする政治家ですが、このような人達に比べ内館氏の様な同性に疎まれても異性の尊重すべきは尊重するという姿勢です。こういった人こそ真の男女平等の出来る人で、今の婦人議員らは女尊男卑主義者と思われても仕方ありません。これからの時代内館氏のようなタイプの方が多く現れると社会が成熟すると思います。
尚本書は女はなぜ土俵にあがれないのかという題ですが、それ以外にも相撲通でも初めてしるような相撲の歴史が著述してあり、改めて伝統文化としての相撲を知ることが出来ると思います。
相撲界の現状を浮き彫りにする 女はなぜ土俵にあがれないのか (幻冬舎新書)
土俵に女が上がるべきではない背景を,多角的に考察した修士論文の再編集。
いろいろな人の説を,羅列的に並べただけで,著者の考察の軸が,歴史にあるのか,社会学的にあるのか,文化/社会人類学的にあるのかがぼやけたままなものの,著者自身の問題意識がハッキリしているので,ひとつのまとまりは確保されている。ただ,習俗や世論の形成についての一般概念の理解があまりに浅く,意義ある議論にまでは到達できていない。と,このように,まさに修士論文のレベルで,研究としては三流のレベルを超えない。
が,しかし,それでもなお本書が読まれる価値が十二分にあるのは,この程度の論にさえ,相撲協会はまともに同意も反論もできないだけしか自らのあり方を考究してこなかったことを,露呈させるからであり,著者は横綱審議委員としてきわめて重要な仕事を果たしたといえよう。
とはいえ,人文学の素養ある者が本著者の意志を受けて,一生を賭けて相撲を本格的研究対象としたくなるような魅力が,今の大相撲界にあるかといえば疑問である。相撲ファンとしては,本書がきっかけとなって,大相撲研究にかすかな灯火でも点らんことを願わずにはいられない。
そんな意味でとても重要な一冊。さすがに読みやすい。
伝統とグローバル・スタンダード 女はなぜ土俵にあがれないのか (幻冬舎新書)
現在ある相撲の形がどのように形成されたかを述べた著書です。
恐らく力士たちでも知らないと思え、角界関係者及び力士の方々は
一度読んでみることをお勧めします。
土俵にあがれる状態とは、どういうものであるかが分っていれば、
力士の仕事が何であるか、また何をあげてはいけないのか、
いつだったら誰でもあがれるのか全てハッキリします。
内館さんは、女性があがれないのではないと言っています。
不正をしたり、クール・ビズ姿の男性政治家も本来あがってはいけない。
土俵に神が降臨する期間、土俵上は結界となるため、
制限や規則が生じるからです。
力士たちは、そのルールを守ったうえで土俵にあがっている。
読んでいると「グローバル・スタンダード」や「差別」といった意識は、
伝統や地域限定の突起した特異性をつぶし、
ブルドーザーのように平たくならしている部分があるように感じます。
合格しないとこの門をくぐってはいけない
優勝しないとこの台にあがってはいけない
そんな制限を人は日常的に受け入れて守っている。
人が守るからこそ、そこは神聖な場所ともなり、結界となりうる。
力士が土俵を守っているのではなく、全ての人が守るルールのうえで、
土俵は神聖なものになるのです。
男でも女でも、本場所の土俵には上がってみたいのでは。 女はなぜ土俵にあがれないのか (幻冬舎新書)
女性初の横綱審議委員である内館牧子氏が日経新聞の夕刊に連載されていた相撲に関する随筆は感心させられるものだった。特に「その通り」と膝を叩いたのはクールビズ姿での総理大臣杯授与を行った官房副長官と相撲協会批判であった。横綱審議委員という立場から協会寄りの発言をされるのかと思いきや、一刀両断のもとに両者を切り捨てた意見は見事であった。その氏の考えがまとまったものを読んでみたいと思っていたので、本書を見たときには迷わず手にした。
クールビズも問題であったが、その前に物議を醸し出したのは女性の官房長官や大阪府知事が優勝力士の表彰式において土俵に上がる、上がらないということで揉めたことである。
ふと、そういえばと考えてみれば、何故、女性が土俵に上がってはいけないのか、その理由はまったくわからなかったし、知らなかった。世間一般でいえば、「女はご不浄もの」ということで片付けてこられたが、男から人が生まれたとは聞いたことも無く、ご不浄といわれる女から生まれた男もご不浄ものである。
さすれば、土俵に女が上がる、上がらないという問題の論点は別のところにあるのではと思い到る。
優勝力士に優勝杯、友好杯、自治体や企業からの賞品が延々と授与される様がテレビでも放映されるが、かつてパンアメリカン航空極東支配人は外人でありながら紋付き袴、ときには開催場所の方言で表彰状を読み上げて観客を沸かせたものだった。なごやかなものであり、稚気に富むものであった。
推論だが、女性が土俵に上がって優勝杯を渡したいというのはある意味、稚気ではないかと思える。男ですら、一度は本場所の土俵に立って、神妙な面持ちの力士と同等の目線からほんの少し優位に立って杯を授けたいと思う。男性優位社会において力量を発揮した女も男に勝ちたいとか、より優位に立ちたいというよりも本音は茶目っ気から「やってみたい」と思える。
内館氏は東北大学の大学院で相撲についての研究をされてきたが、その研究の成果の披露にも似た内容が出ている。女と土俵という話題性のある読み始めから徐々に徐々に読み応えのある内容にと変化しており、最終的には自身の考えを述べられているのは論文の結を読んでいるかの如きだったが、感情的にならず、差別と区別を解った上で協会への苦言を呈されたのは良かった。
確かに、表彰式は内館氏が言うところの土俵の結界を解いてから行うべきだろう。そうすれば、聖も俗も関係はなくなり、クールビズだろうが女性だろうが、問題を起こした人物だろうが関係なく土俵にあがることはできる。これは名案と思うが、果たして相撲協会はどう考えるだろうか。
知らないことを知るのは楽しいです 女はなぜ土俵にあがれないのか (幻冬舎新書)
週刊誌の連載で著者が楽しそうに東北大学の大学院で学んでいる様子を、いいものだなぁと読んではいましたが、その研究の中身は
「土俵に女は上がれないことの学問的裏づけをする」
以外は知りませんでした。
本書はその修士論文の内容を平易に解説したものです。
読んで驚きました。
主義主張の本ではありません。
相撲の成り立ちと神とのかかわりを始めに解き明かします。
それから、大相撲成立後の相撲の元締めたちの「ビジネスセンス」が解き明かされます。
読んでいて、「相撲ってやるじゃん」と驚きました。
そこから、女性がなぜ関わってこれなかったのかに言及します。
伝統を愛しながら、男女の不平等を無視しないことはとても難しいことです。
著者は男のみで成り立ってきた相撲の世界を愛しています。
その上で女性が土俵に上れないのはおかしいと言う異議申し立てに反発します。
けれども、神事、伝統の一点張りで女性が土俵に上がれないとする相撲協会の反論にも納得しません。
どのように双方の距離は詰められるのか、わくわくしながら読みました。
最後に著者は着地点を見出すことが出来ました。
その提案は、相撲協会も検討するに値するのではないでしょうか?
組織に、組織外の熱心なファンが参加することっていいですよね。
相撲協会の未来に幸あれ。
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