カスタマーレビュー
『あ・うん』の時代背景が要請する読み あ・うん (文春文庫)
物語の背景は軍の横暴によって国の基本が崩れて行く時代である。設定された時代から読み取れるものは、微妙な均衡を保つ二家族の関係も同時に崩壊して行くべき必然性である。ではなぜ物語がこの時代におかれなければならないのか。それはこの話が維持不可能であることを予め提示しておきたいからである。
その崩壊の過程が仙吉の精神的堕落にもとずくことが作品の一つの特色である。1930年代は軍需バブル期であった。そのことを覚醒している角倉は、稼いだ金を汚物を撒き散らす如く浪費する。景気がうさんくさいものであることを、「寝台戦友」の仙吉に示す警告でもある。だがしがないサラリーマンにすぎない仙吉は、時代が見えず、次第に自分もそのおこぼれに与りたいと考えるようになり、角倉に対する相対的独立性を失ってゆく。
クライマックスは、仙吉が娘さと子の恋人義彦を財閥系製薬会社の御曹司と知って、彼女を嫁がせ親子相乗りするのも悪くないと考える場面である。その二人の仲も「治安維持法」という時代の産物によって破局を迎える。
もうひとつの特色は、物語が女たちを中心に据えながら、彼女等の無力さを隠さないことである。事実さと子を除く女性全員を削除しても物語の大筋に変更はない。これが30年代の女たちが置かれている、政治からの疎外状況であり、女たちが自己中心的な視点しか持ち合わせのない理由である。特にたみは、男二人を手玉にとっている積りで、仙吉が自らの回復を賭けた南方行きを、「ジャワには行かないだろう」としか考えられない自分に都合の良い見識しか持たされていないのが一層哀れである。
山本夏彦は あ・うん (文春文庫)
向田邦子の作品を読めば、巷間言われている、戦前は真っ暗で、不幸な時代だったというのが
嘘なのを証明するといっていったが、この本の解説の山口瞳は全く逆の捉え方をしているのが
興味深かった。曰く、この作中の人物たちのように、戦前の一般市民は何もわかっていなかったと
で、私の感想はと言うと限りなく山本氏の考えに共感する。これが私たちが習ってきた戦前の時代を
描いたものかというほど、作中には終始一筋の明るさのようなものが漂っており、
それが心地よい。
精神面が豊かな時代だったんだなと改めて思う。
ある種のファンタジー あ・うん (文春文庫)
向田邦子の本を読むのは初めてだ。登場人物達の間の「距離感」が斬新だった。
戦前の主人公達である二人の男性の距離は21世紀の僕には聊か理解しがたい程の近さである。それは彼らだけではなく 彼らの家族も含めて その「密接」の「度合」には驚く。
但し そんな「密接さ」が 暑苦しくないことが 本書の不思議でもある。各人の「個」が溶け合っているような中にも 妙な涼しさがあり 一人一人の「個性」はきちんと立っており読後は非常に爽やかだ。
言うまでもないが 本作は作者が紡ぎだした ある種のファンタジーである。本作で展開される男同志の友情と勝手と その家族まで交えた複雑な愛憎関係を 女性が書き出したという点は 本書を読むにあたって見逃すことは出来ない。女性から見た男性の友情とはこういうものなのだろうかと 再度考え込んでしまう限りだ。
本音で分かち合える仲間がいる幸せ あ・うん (文春文庫)
ドラマ「あ・うん」の台本。
小説とは違い、セリフがずらずら書かれているので、慣れるまでに少し時間がかかるが、
慣れると、逆に映像を見ている様な感覚になるから不思議(ドラマ自体は見たことないが)。
昭和12年頃の日中戦争時代の東京下町が舞台。
日常の葛藤の中に江戸っ子の意気の良さ,おとぼけ,テンポのある笑いがある。
人生の苦しみを本音で分かち合える仲間がいる幸せ,でもその人達との間での
抑えきれない恋心に、世間体に縛られながらも葛藤する人々の苦しみをコミカルに表現している。
人付合いがあるから幸せであり、苦しみがある。
でも孤独の中では生きてる意味が無いという矛盾が、人生にはあると感じた。
言われて初めて気がつく身近な世界 あ・うん (文春文庫)
神社へお参りに行く度にこの本を思い出す。テレビドラマで、布団に横になったたみを挟み、向かい合って座る門倉と仙吉の姿。
この小説版を読んだ記憶は、口を開いている狛犬と閉じている狛犬を確認させてくれる。
普段意識していない自分のちょっとした仕草がどれだけ周りに影響しているのか改めて考えてしまう。
それはこの世界を理解できた時点で証明される。
とっかえひっかえ、当たり障りのない人間関係が横行する現代社会では、これから先、本書を理解する感性が希薄していくように思う。
それがとても怖い。言葉が通じないのと一緒なんだから。
改めて作家の本質は、感受性と表現力だと思った。
その二つは特別な人にあるものではなく、限りなく普通の人が持っているもので、それに気づいているかどうかだけの違いのような気がする。
と、書きつつ、私自身未だ気づいているようで気づいていない一人なのが淋しい。
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