カスタマーレビュー
日本を代表する評伝作家の傑作 オーケストラ、それは我なり―朝比奈隆 四つの試練
評伝に類する書籍は巷間にあふれているが、この本ほど著者の個性を強く感じさせるものは少ない。中丸氏はこれまでに斎藤秀雄、杉村春子に関する優れた評伝を出版しているが、入念な取材と多面的な考察に基づき、人物の内面を描き出すことのできる数少ない作家である。とくに「第四の試練」の章にあるオーケストラの楽員たちの証言の部分が面白かった。朝比奈の音楽づくりの現場に立ち会い、朝比奈の人柄もよく知る人々の証言である。東京でスタンディングオベーションの嵐を受けているときに大阪では楽員によるストライキがあったとは。このエピソードを読んで朝比奈がより好きになった。朝比奈は出生の困難にもかかわらず、根性があった。朝比奈の応援団で音楽評論家として名高い宇野功芳氏が「週刊文春」でこの本を絶賛したのもうなずける。朝比奈と親しくつきあって来た彼ですら知らなかった事実がここにはあるというのだ。この作品の完成度は高く、後世に残る朝比奈の決定的評伝である。
人間 朝比奈隆 オーケストラ、それは我なり―朝比奈隆 四つの試練
私は毎日、電車の窓から大阪フィルハーモニーの練習場を眺めながら通勤するのですが、
朝比奈隆氏については晩年の成功した姿しか知らなかったので、目から鱗の落ちる本でした。
氏の特殊な出自や満州で終戦を迎え、命の危険を生き延びたことや、実はオーケストラとの
確執があったことなど、興味深く引き込まれるように読みました。
とくにオーケストラがストライキを起こした時のエピソードが胸にせまりました。
練習時に指揮を始めても、音が返って来ないという…生活者としての楽員の言い分にも理があり、
また、朝比奈氏が独裁者的なところはありつつも、それまでとにかくオーケストラを維持する
ために努力を続けてきたのを、読んできただけに悲しかったです。
「はじめたことは続けなければならない」という言葉がありますが、朝比奈氏が音楽を始めて
師の言葉「一日でも長く生きて、一回でも多く舞台に立て」と、その言葉通りに努力し、
音楽の場を保つことにも尽力し、時には円を描くだけで、オーケストラ自身が調和するように
指揮をすると、オーケストラ自身が音を聞き合いその指揮に返す。そういう場面を読むと、
けして満点ではなかったけれども、やはりあの楽団には幸せがあったのだと、この本を読んでのち、
私はあの大阪フィルの小さな建物を見るたび思うのです。
日本の近代クラシック音楽は上海で生まれた オーケストラ、それは我なり―朝比奈隆 四つの試練
2001年暮れに没した指揮者・朝比奈隆は、2008年が生誕百年とあり、今年はCDなどの再リリースが活発に行われているが、朝比奈隆の評伝も何冊か出ている。いわゆる「朝比奈教」の岩野裕一氏のものよりもこの中丸の評伝の方がいい。(岩野氏は、『王道楽土の交響楽』という良い本を書いているが)中丸自身も朝比奈のファンらしいが、周辺の「アンチ朝比奈」の楽団員の声も拾っている。これは本人の存命中には不可能なことだっただろう。
住友銀行の伊部恭之助や阪急グループの関西財界人人脈を駆使してオーケストラを立ち上げたり、東京高校時代の人脈をさりげなく利用するあたりは、指揮者と言うよりも財界人であると私は思っていたが、本書では朝比奈の実父が、渡辺嘉一と言う建築技師であったり、渡辺と交際のあった小島家からさらに養父である朝比奈家にもらわれていったこと、朝比奈隆が実は渡辺とつきあいのあった妾の子だったなどの事実が明かされる。日本の資本主義の父、渋澤栄一と同様に、渡辺は隠し子がいたわけであり、隠し子と言っても有力な産業家の子供であるから、その分人生でトクをすることが多かったわけである。
関西交響楽団(大阪フィル)を立ち上げた後の話よりも、日本の経済史・金融史を主要研究テーマにしている私には、前半の歴史の部分の方が面白かった。ただ、朝比奈隆が米寿を迎える前後の数年間は、大阪フィル運営、組合結成問題などで内部がゴタゴタしていたというのはあまり知らなかった話だったので興味深く読んだ。その後、文化勲章を取ったこと、シカゴに招聘されたことがきっかけになって朝比奈無しの大阪フィルは考えられなくなったが、その功罪は今の新体制にも影響していると思う。
一言でまとめると、戦後の音楽界の苗床は上海やハルビンという大陸の異文化が入り交じる土地で生まれた。その大陸で活躍した人々の名前が本書には随所に登場する。そう考えると、そのような中で論じられる朝比奈という人は、やはり「大物」だったのだと感じざるを得ないのである。
朝比奈伝は 本書が決定版!! オーケストラ、それは我なり―朝比奈隆 四つの試練
朝比奈の93年の生涯を描いたこの本、なんと一晩で読了してしまった。この本ほど朝比奈の偉大さと悲しさ、朝比奈の本質を描ききったものはないと思われる。生前の朝比奈本人と80余名の関係者への取材から綴られた本書には、朝比奈がこれまで語ったことのない話が多々ある。
さらに、朝比奈の20代に書いた手紙の数々を著者は高校の友人宅から発見し、それが本の見返しに使われている。朝比奈の直筆と当時の心情をそのまま知ることができるのだ。
副題の「四つの試練」のうち、「隠された出自」では、桁外れの明治の偉人を父親にもつ朝比奈の苦悩が浮き彫りにされる。京大時代にはメッテルとの出会いから急激に音楽への傾斜がはじまる。ベートーヴェンの第9初演時の著者中丸美繪の描写はこうだ。「その涙が象徴するように、朝比奈ほど感動しながらこの曲を演奏したものはいなかったはずだ。感動を得たものだけが音楽を希求し、もっとも音楽の真髄へ近寄る」
朝比奈は満州ハルビンで敗戦後の逃亡生活を経て、戦後大阪で関西交響楽団の立ち上げた。
しかし、それは思わぬNHK大阪放送局との確執を生む。晩年の朝比奈へのN響への頻繁な登場からは想像もできないことだ。また「第四の試練」の楽員との問題、大阪では朝比奈の不人気が取りざたされていたことなど、東京での晩年の満員御礼の演奏会からは思いも寄らぬことばかり。
指揮者とはオーケストラの楽員にとって、どういう存在かということも考えさせられる。「オーケストラがおさめられたら一国の首相が勤まるといわれるほど」ということである。大阪フィルの歴代コンサートマスターや首席奏者たちの証言なども、大阪人の率直さそのままで興味深い。大阪フィルの楽員たちは朝比奈のある指揮法を「よきにはからえ」と表現していたというのも、大阪人のユーモアだ。とはいえ、「オッサン(朝比奈のこと)やから仕方がない」といわしめるのは、カリスマ朝比奈だからこそだ。
中丸は1998年から2001年5月まで朝比奈を取材しているが、その最後のインタビューの日、朝比奈の写真をみずから撮っている。それが本文の最後に載っていて、これが極め付きのいい写真だ。朝比奈が中丸に手を振っていると思われるその写真は、音楽という限りないものに挑戦してきた朝比奈の孤独な後ろ姿をとらえている。朝比奈、あるいはオーケストラの本質を知りたいものにとっては、この本は必読の書である。
興味深いが慎重に読むべき オーケストラ、それは我なり―朝比奈隆 四つの試練
故人である指揮者朝比奈隆氏に関するドキュメント風エッセイ。氏に関する他の書籍ではなかなか聞こえてこない話もいくつか含まれ(千足氏の大阪フィル辞任、組合・ストライキなど)、興味深い。このような、新たにインタビュー等で情報収集した部分については評価したいが、眉につばを付けながら慎重に読むべきとの感想も持つ。同時に、例えば指揮者宇宿の解任の話など、特定の著書の情報をそのまま鵜呑みにして済ませている部分も混在するのが、なんとも中途半端。概して、著者中丸氏が偶然入手した範囲の情報だけで話を構築しすぎている印象も受ける。
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