エディターレビュー
長く続いた戦争のため、放射能灰に汚染され廃墟と化した地球。生き残ったものの中には異星に安住の地を求めるものも多い。そのため異星での植民計画が重要視されるが、過酷で危険を伴う労働は、もっぱらアンドロイドを用いて行われている。また、多くの生物が絶滅し稀少なため、生物を所有することが一種のステータスとなっている。そんななか、火星で植民奴隷として使われていた8人のアンドロイドが逃亡し、地球に逃げ込むという事件が発生。人工の電気羊しか飼えず、本物の動物を手に入れたいと願っているリックは、多額の懸賞金のため「アンドロイド狩り」の仕事を引き受けるのだが…。 映画『ブレードランナー』の原作として知られている、フィリップ・K・ディック1968年発表の傑作長編。著者は1982年、53歳で亡くなった。皮肉にもこの年に公開されたこの映画作品により、彼は一躍スターダムにのしあがることとなった。 ディックの作品には、SF小説でありながら、登場人物の人間関係、恋愛、家族のきずななどが見事に盛り込まれている。この物語も単なる賞金かせぎとアンドロイド8人のバトルで終わってはいない。人間とアンドロイドの違いを通して、人間とは何かを考えさせられる作品だ。(石井和人)
カスタマーレビュー
両方とものファンとして。 アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))
この作品は映画『ブレードランナー』の原作ではあるが、登場人物と骨格が同じだけでまったくの別物であると考えて良いと思う。
ヴィジュアル面で言えば、映画は腐敗した高層都市が舞台で、こちらは核で砂漠化されてしまった世界を舞台としている。
ヴィジュアルでいうのなら、ブレードランナーに近いのは攻殻機動隊やニューロマンサー。
こちらに最も近いのはゲームのアーマードコアかもしれない。
そして、そもそも話の軸となるレプリカントの存在自体が原作とはまったく異なるのだから別の作品であるのだ。
ブレードランナーでは、レプリカントは悲しさを持った人間的な存在であるのに対して、こちらでは残虐な存在である。
この作品ではレプリカントとはディックお得意の偽物である。
スクリーマーズの人間そっくりの殺人マシンであり、父さんもどきの人間そっくりに変身し入れ替わる虫なのだ。
ブレードランナーの見せ場を期待した人からするとハズレを引いた気持ちにもなるかもしれない。
あとがきを読めば趣旨が違う事は納得できるに違い無い。
SFに少しでも興味がある人間には一読の価値がある作品で、ディックの白昼夢の世界に入る入門編で、SFの傑作であると僕は考えている。
個人的にはカバーは旧デザインの方が好みだった。
良い! アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))
懸賞金目当てにアンドロイドを破壊する男のお話です。 でもでも、色々あって、アンドロイドと人間の違いって?と考えます。人間の中にだってヤバい奴はいる。逆にアンドロイドの中にだって、優しい奴はいる。 つまり境界が曖昧になっていくのです。 アンドロイドだ! というだけで殺す。ことへの疑問。 男はそんな疑問にどう対処するか……。 ぜひ読んでみて下さい!
映画は良いが原作は駄目 アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))
映画のブレードランナーが好きで読んでみましたが、はっきり言ってつまらないです。
映画のブレランがあまりに強烈であったために原作は貧弱に思えます。
ストーリー自体も映画とは別物だったからか私の想像力が貧困なのか、
小説中の世界観や価値観が無理があるように思え、すんなりと物語に入っていけませんでした。
予言書 アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))
昔「ブレードランナー」の原作本として読んで驚いたことがある。
内容はまったく別なので要注意。
まがい物のアンドロイドよりも生きた動物が尊ばれた時代。
デッカードは生きた動物を買うためにアンドロイドを殺しに行く。
で、折角買った羊は・・・。
本物の動物を殺したアンドロイドの憎悪の方が読んだ当時なぜか共感出来た。
生きた本物の動物を可愛がる人間よりも。
この本では動物の生死に共感性があるや否やで人間とアンドロイドを区別するテストがある。
そのテストの趣旨が馬鹿らしいと思ったものだが
どんどんと温暖化などで絶滅していく動物の話を聞くにつけ
笑い事ではないと思えるようになった。
同時に馬鹿らしいと思っていた人間の心こそがアンドロイドに近いものではなかったのかと。
ある意味現代人類に対する予言書に近い。
せめて人間らしく。 アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))
今年の世相を表す漢字が「偽」に決まりました。
ディックの作品では
「人間以上の能力を持つ『人間のまがい物』によって、
世界の隅っこへと、追いやられて行く
崖っぷち寸前の『本物の人間』の焦燥感」が
ベースにあると言う人もいます。
イジドアが、ゼイゼイとのどを鳴らして一生懸命、
喘息の「振り」をしているロボット猫を、車の後部座席に乗せて
「やけに苦しそうだな。ちょっと、スィッチを
切ってやるか。」とスィッチを切ろうとするシーン。
私も、知的れべるではイジドアと同じくらい。
でも「人間らしい」かどうかは、判らない。
もしかしたら、「シゾイド」かもしれない。
こんなに、メカニカル・システム・トレーディングが
楽に出来る所を見ると。
ところで、相場の「プロ」達は、何故「本物のチンパンジー」に
負けるのでしょう。彼等「プロ」達はレプリカントなのかも...。
いや、彼等が「本物の人間」で「レプリカントの猿」に
負けているのかも...。
いや、「レプリカントの人間」が「レプリカントの猿」に
負けているか、もしくは、「本物の人間」が「本物の猿」に
負けているのかも...。
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