13世紀から14世紀にかけて歴史上最大の領土を治めたモンゴル帝国。本書の意義はまず、現在の中国と中央・西アジアに跨(またが)るその版図内部に留まらず、東は日本(室町文化として)、南のインドを経て西は中東を越えて欧州諸国に至る各地域に、同帝国が及ぼした文明・経済交流の足跡を裏付けたところにあるでしょう。そして欧州に一世紀以上を先駆け、アフリカの外貌を捉えていたことを示す当時の世界地図「混一彊理歴代国都之図」を紹介、帝国の為政者や交流の担い手たちの視野が、そこまで広範囲に及んでいたことを示す象徴資料として光を当てています。また今日の中国・景徳鎮産をはじめ「青花磁器」の世界各地域での保存・発掘状況を、文明交流分析の中心資料に用いています。改めて驚くのは、今日のモンゴル国同様、当時「陸」のかつ遊牧(移動)文化を基盤としてチンギス・ハンが創建したモンゴル帝国を、後継のフビライ・ハン(本書はクビライと記載)が、まず中国の農耕(定住)文化の地域を支配下に、さらには現在の中国福建省泉州などを拠点に海上交易に乗り出し、アジアの海全体を安全かつ活発な交易圏として治めながら「陸と海の帝国」を構築したと論じている点です。なお本書は、各宗教信仰の尊重、利潤の70%納税による商業振興などの政策とあわせて、フビライ・ハンの帝国経営手腕に焦点を絞っています。一方今年2006年、帝国800周年に際しモンゴル人はチンギス・ハンをこよなく賞賛しています。彼の思想と政策またその実践の原型こそ世界大帝国の礎、ということでしょう。モンゴル遊牧精神に宿る“風土を超越した”“想像を超える力”こそユーラシア大陸を席捲することができた基、とのNHKスタッフの素朴な取材後感には深みがあります。
本書は、NHKスペシャルで放送された「文明の道 モンゴル」を本に編纂したものである。モンゴルという世界史上最大の「世界帝国」が、いかに世界の文化交流を進め、文明の交流・発展に大きな役割を果たしたか、というのが本書のテーマである。
歴史マニアから素人まで楽しめる本ではないだろうか。
モンゴル帝国というと、残虐な侵略者というイメージが世界的に強い。だが本書では、実は、モンゴル軍が無敵の強さを誇る一方で、なるべく流血をさけていたと指摘。残虐なイメージが広がったのは19世紀以降で、ヨーロッパから流布されたという。
フビライ・ハン(本書では「クビライ」と表記)は、商業をやりたい人間に資本を貸し付け、その利益の7割を国家に納めさせるという商業振興策をとった。軍事的に帰服させるよりも、商業ができるということを重視したというのである。
また「陸の大帝国」というイメージが強いが、とくにクビライ以降は、むしろ「海の道」を使った交易を重視した政策を推し進めたことも力説されている。
その証拠の一つは、ヨーロッパが「アフリカは大陸である」と発見するよりも100年以上前に、実はモンゴルの「世界地図」では、すでにアフリカ大陸の全体が記されていたという事実である。インド洋はもちろん、大西洋が書かれているのである。
また、景徳鎮に代表される中国の陶磁器についても、その最高潮は実は元の時代に訪れたこと。その磁器は世界中の遺跡や博物館にあること。日本に大軍が押し寄せた文永の役、弘安の役は、クビライが積極的に推し進めたものではなく、クビライは、ただ許可を与えた程度で、帝国の体勢にはほとんど影響を与えない戦争だったこと。そのほか「なるほど」と思わされることが満載している。
モンゴルや中国、シルクロード、中央アジア等の歴史が好きな人には、ビデオを見るよりも、いいかもしれない。というのも、写真もわりと多く取り入れられているし、テレビでは説明されていなかった詳細な部分が活字に残っているからである。
歴史学者の杉山正明氏が書いたメインの概説に加えて、ところどころNHKの記者が書いた「取材の印象記」や、気鋭の研究者が書いた最新の研究成果、さらに巻末にはモンゴルに関わる土地(たとえば鎌倉、博多、寧波、杭州、デリー、ダマスカス、イスタンブールなど)の歴史について、モンゴルの時代のことを中心に簡潔に書かれている。
歴史に興味がある人には、読んで損はないと思う。