カスタマーレビュー
笑える・哀し……アイデンティティクライシス 日の名残り (中公文庫)
老いた執事が主人に休暇を貰い、自動車旅行に出て半生を回想する話。
第二次大戦頃は名士の尊敬する主人に仕え、第二次大戦前後の政治局面を決定づけるような会議がその屋敷で行われる中、ただ「執事であること」「主人の至福のときが、自分の人生のゴール、至福」ってな価値観を貫いた執事の中の執事、スティーブンスの物語。
栄華を極めた屋敷ですが、主人亡きあと、アメリカ人に買われて、使用人もわずか四人という祭りのあとな状況説明がプロローグであり、あとは旅の六日間が描かれているけど、道中浸すら回想ばかりしております。
自分の目標の執事だった父上がだんだんトシで仕事できなくなったこと、そして相愛であったのに、執事であるという生き方のために犠牲にした、ミスケントンとの恋……
この執事の語りは
「謙虚な口調のウラの誇り
・流麗な表現(多分原文じゃさぞ格調高きクイーンズイングリッシュが用いられてるんだろう)
・執事の美学
・理論武装」
のキーワードにつきる。
文章自体は非常に拡張高い美文。なんだけど、スティーブンスの語りはとても不正直なんですよ。
「人が減って、ミスが増えた」って長々述べるけど、述べるほど「あぁ、亡き父と同じ『老いによって、自分の唯一の矜持最高の執事として働き続けていること』を失いつつあるって自覚してんのね」と伝わって、その理論武装がほんと悲しいけど……いとおしいんだなぁ……
また、能力云々の前に、アメリカ人の現主人に買われた時点で、彼はそもそも「英国型執事」であることを求められてないんだ。今の主人は「旧家の名執事を持ってる」ってのがいいだけ。全くの成金なんだもの。
物語中で彼は「品格というのは結局、他人の前で服を脱ぎ捨てないことに尽きると思います」って言ってるけど、これは己を抑制する執事の美学であると共に自分が周囲の人間にとって、読者にとって「信用できない語り手」であるという著者の仕掛けなんじゃないかなぁと思います。
さて執事であることを失いつつある彼は自分の人生に疑問を呈し始めます。「主人の望みを最大限に叶え、政治的な話は執事の語るところでない」って生き方は本当に正しかった?
……アメリカ型自己実現の価値観的じゃ「個のない無益な人生」ですよね。邸内でぶたれた「私利私欲から智謀に走らないやり方を我々は品格と呼び未だ重んじているのだ」っていう美しいけど愚かなイギリス人の演説シーンはのちのスティーブンスを暗示しているようにも見える。
でもスティーブンスの語りの含蓄は、この「執事としてあるべき自分」と「本来のミスケントンを恋い父を愛す自分」との長年の乖離に培われた自己矛盾の病だと個人的に思います。それが彼の品格になってるとも
ラストシーン、スッティーブンスは、自分の老いや、人生の欠落をようやく少しだけ吐露します。
そばにいる初対面なのに、ジョークを連発しうちとけてる(とスティーブンスが類推する)若者を横目に、
(あ〜夜なのに、これから朝が始まるみたいにはしゃいどる(←人生の夜だが、今を始まりにもできる、とスティーブンスは考えるのですね)あれはジョークの力かも、自分もジョークを言えるようになって主人を感服させてやろう(英国価値観→アメリカ価値観、を含むような、本人の価値観の転換をし残りの人生を懸命に生きようじゃないか。という心情吐露なのでしょう))なんて考える彼ですが、これ、希望のシーンじゃない。彼は、もう能力落ちてる老人で老いが確実に仕事を阻害してるんだもの。主人は執事とはなにかも理解してない男で、スティーブンスは結局執事であるという誇りと美学は棄てられないのだもの……
(なお、上記のように人生を朝〜夜に例えるのは、「最も人生で輝かしいのは人生の正午(中年期)とのユングのセリフに端を発す発達心理学も念頭に置いてと思われます。類似のセリフがさりげなく文中に類似のセリフも出てくるし)
という悲しい話なのに全体を通しては、著者のユーモアのセンスが抜群で、結構声笑えます。とくに前半部!前半部は本当、声出して笑いますよ。特に、外交相手の息子が近々結婚するので性教育を施してやってほしいと頼まれるスティーブンスが右往左往するのを大真面目に回想してたり(笑)
笑えて読後の悲しい余韻が素晴らしい、間違いなく読み継がれる名作となるでしょう。
JUST JEEVES 日の名残り (中公文庫)
Pip pip wot hey. No really it's not like that. This is pretty much Jeeves without Bertie. No Wooster makes Jeeves a dull old boy. Not really so much dull as dignified. If you enjoy PG Woodhouse you will probably like this. It is a fine volume that I read avidly. TODO
現代のビジネス人としての生き方を考える上での参考に 日の名残り (中公文庫)
英国ブッカー賞受賞作品で、評判が高く、一度読んでみようと思っていたところ、ハーバード大学のMBAの学生に一読を薦めているというので、ついに手にした。
小説の楽しみ方、感じ方は人によってそれぞれで、多くのレビューにあるように、古き英国を伝える美しい文章に感じ入るもよし、登場人物たちの心の動きを楽しむもよしだと思うが、自分は一人語り調の文章があまり得意ではないので星を一つ減らしました。
MBAの学生に大学が考えさせようとしたのは、主人公の「生き方」についてであろう。つまり、主人公の執事の立場を現代のビジネスマンにしたとして、仕事に対してある意味「美学」とも言えるほどの高いレベルの仕事をすることに心血をそそぎ、出会った人々の心の機微にも気づこうとせず、家族を持つこともせず、ただひたすら会社の社長を敬愛し、信じて働き続けてきたが、実は会社は国家の存亡も揺るがすようなことに加担しており、自分は長年その会社の実態に気がつかず、あるいは気づこうとせずに生きてきて、すべての事実に気がついたときには職業人生もそろそろ終盤を迎えようとしたら…。人生は失敗だろうか?
人によっては失敗だと考えて、「仕事一筋にならないようにしよう」とか、あるいは「もっといろんなところに気づけるように能力を高めよう」と考えるかもしれない。
私自身は厳しい事実に胸が苦しくなったが、最後の数ページで夕暮れの人々の楽しげな情景のなかで、主人公が旅を終え、前向きにお屋敷に戻っていこうとする場面に救われた。
そう、どんな人生を送ってきたとしても人生に失敗はないのだと思う。
なんども読まないけれど。 日の名残り (中公文庫)
よく本を読むのが早いといわれるのですが、
イシグロさんの本を読むときはじっくりじっくりです。
気持ちに余裕があるとき、
でも、ハイになってないとき、
夜、ひとりで静かに読みます。
じわじわきます。違う時間が流れるかんじがします。
裏表紙はヘン 日の名残り (中公文庫)
裏表紙の説明はヘン。「輝きを増して」とかでも、古きよきイギリス、とかでもない。
自分の生き方をしっかり持って、その生き方の中では最高に近い形で生き抜いたのに、なんで全てが(全てが、である)うまくいかなかったのだろう、という思い。
父親の老いとその死に行く姿と、現在の自分との重なり。
父親の「自分はいい父親だったのだろうか」という問いは、
主人公の「自分に何の品格がありましょうか」という嘆きに重なる。
それでも前向きに生きていく。生き方を変えず。
だけど、それは作者の真意だろうか。説得力があまりにも薄い。自分には、作者が主人公を幸せにしたかっただけのように思える。
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