カスタマーレビュー
堀口先生に敬礼 ランボー詩集 (新潮文庫)
まず、みなさんはこの詩集だけを読んで、アルチュールのことをわかった気にならないでください。ランボーのキャリアは短いものでしたが、詩や書簡には、見るべきものがたくさんあります。多才な人だったのです。他のちくま版や岩波版もぜひどうぞ。もちろん、この文庫の堀口先生の文体には「悪の華」のごとく、うっとりしてしまいます。
ボードレールと同じく「象徴派」というくくりでとらえられていますが、ランボーはマラルメにもヴェルレールにも、ましてやイジドール・デュカスにも似ていません。確かに作品傾向としては「象徴派」の部類に入れてしまってもいいのかもしれませんが、「『象徴派』だから嫌いだ」という方に誤解を与えかねないので…。
かつて角川版でも「イリュミナシオン」が出版されていました。ランボーはフランス象徴派詩人だからああだこうだ言うまえにこの優れた翻訳本をどうぞ。
永遠の名作です。 ランボー詩集 (新潮文庫)
ランボーは若くして天から降り地から湧き出でる「言葉」を「詩」にした空前絶後ともいうべき詩人です。この詩集に収められている「永遠」という詩は、18歳のとき読んでから、36歳になった今日まで、ずっと私の心の中にあります。このレビューを読んでくださった方、堀口大學という人が訳した「永遠」という詩を、どうか、なにがなんでも、ご一読ください。人として生まれてよかった!言葉を学んでよかった!こんなにすごい情熱があるんだ!ときっと思えることでしょう。
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泡立つ空気 夕暮れ ランボー詩集 (新潮文庫)
十代の頃にランボーに出会い、その頃、千葉の建築の学校に通っていた。
夕暮れに、普通の何気ない町並みの中に、酔っぱらいの船に出てくる一節。
懐かしいヨーロッパの城壁を見た。子供達が懐かしがる古いヨーロッパの城壁。
それほど、幻影ともつかぬまでのイメージを、多感な心に残してくれた。
私の青春譜。学生の最後の作る卒業設計は、ランボーの詩のイメージをなぞった。
イメージに生きた十代、まだ、ランボーよりは長く生きている私は、同様に、
ビジネスの砂漠のなかで、灼熱の太陽に、焼かれている。
無意識に、人は、後追いをするのであろうか?
ランボー。こんな男は滅多にいない。宣伝と同様に、深夜、ウィスキーをすすり、言葉を、かみしめる。ありがとう。ランボー。
若き衝動的情熱 ランボー詩集 (新潮文庫)
一六歳から一九歳の間に内的情熱の総てを詩に賭けたアルチュール・ランボー。
よく言われるように、彼が早熟であるかといえば、私は必ずしもそうではない気がする。
彼は熟成してはいない、未熟で不安定な内面をそのまま言葉で表出させた情熱の人だ、という言い方の方が些か正しい気がする。
特に「太陽と肉体」という詩などからは、その豊饒なパッションの凄まじさに唖然とさせられる。若い時期にこそ書けた詩であって、その未完の情熱にこそ、私は芸術性を見出す。
筆を折ってからは、教師をしたり旅をしたり商人になったり、転々としつつ三十七歳で亡くなったらしいけれど、所謂、普通の人になっていたということだ。
狂ったように、憑かれたように詩を書き連ねた後は、死んだような生を送っていたのであろう。
その間、彼が何を想い耽っていたのかが気になり、その時期にもこまめに詩を書いていれば、本質的に熟成された詩が鑑賞できたであろうと思うと、少し残念だ。
もう詩は書かない、という確たる信念が彼にはあったのだろう。
フランスから遠く離れて ランボー詩集 (新潮文庫)
詩人の中でもランボーは別格の伝説を誇っていると思う。詩人であった時期は 数年であり 筆を折ったその後は 商人となって アフリカ大陸を駆け巡り 37歳で死去する。夭折といえば夭折だ。詩を捨てたその瞬間にランボーは死んだとも言える。
小林秀雄以来 ランボーに衝撃を受けたという人は多い。そういえば小林のランボーという評論が3つあるが いずれも難解である。ランボーを語るのは難しいのかと思う。最近では金原ひとみが ランボーの詩集をパチンコ屋で愛読したとも聞いた。これも似合う風景である。
詩を翻訳で読むことに感じる軽い絶望感は この際忘れるべきかもしれない。この薄いランボー詩集は昭和28年に初版が出され 80版を超える増刷である。今なお ランボーに魅せられている人々がフランスを遠く離れた極東にいる。それも不思議な話だ、思えば。
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