カスタマーレビュー
井上作品を凝縮 楼蘭 (新潮文庫)
主に西域を舞台とした短編集。
(後半の数作は本邦が舞台)
井上靖氏の作品には読者に「無常感」を抱かせるものが多いですが、
タイトル作の「楼蘭」はまさにそれが凝縮された佳作と言って良いでしょう。
西域の動乱に翻弄され続け、数奇な運命を辿った末に滅んでゆく楼蘭。
この小説には主人公らしい主人公はおらず「楼蘭」の名が忽然と文献に登場してから、
滅んでゆくまでの風景を淡々と綴っています。
満々の水をたたえていたロブノールは夢のように去り、かつてのオアシス都市楼蘭は、
やがて砂塵にその残骸をさらすのみとなりました。
悠久の時を経て、その砂の中から一体の美しい女性のミイラが発見されたのは20世紀になってのことでした。
井上氏は、彼女を楼蘭の皇女であったと位置づけます。
それを事実とする科学的な証拠は何一つありませんが、井上氏にとって彼女は「運命の無常」を象徴する存在であったに違いありません。
そしてそれは淡い詩情をかきたてるものであったでしょう。
それは、しろばんばにおける「さき子」であり、武田信玄における「由布姫」であり、
氏の作品に数多く登場する象徴的な女性たちの存在と重なります。
楼蘭以外の作品でも、氏は西域を舞台として自由な想像をめぐらせています。
古い説話をモチーフにしたものもあり、また井上氏自身の完全な創作であるものもあります。
多くの民族と歴史が交錯した西域は、まさに氏の作品における絶好の舞台だったのでしょう。
西域史に関心のある方は読んでください。感動します。 楼蘭 (新潮文庫)
これは作家井上靖氏の昭和30年代中心の短篇小説集です。標題に代表されるように西域に主題をとった作品群が多く、この地域に関心の深い私には前から読みたかった作品です。小説というよりは史書のような趣きで、どこまでが創作でどこからが史実かとかわからなくなりそうなくらい、引き込まれます。日本の説話にまつわる作品も集録されており、磐梯山の爆発の事件に主題をとった小磐梯という作品も味わい深いです。ま、核となる作品は間違いなく楼蘭です。実際にあった楼蘭という小国の過酷な運命が描かれており、それと興味尽きない謎の湖、ロプノールの変遷も興味津々です。探検家のヘディンが発掘して世界的に知られるようになった遺跡ですが、最近ではツアーもあるようですね。私としてはいつか、訪れてみたい土地のひとつです。読後、シンセサイザー奏者の喜多郎の作品を聞きながら床に入ると一層効果的です。
佳品てんこもりの短編集です 楼蘭 (新潮文庫)
久しぶりに読み返す機会がありました。表題作を含めて12の短編集です。表題作の「楼蘭」という地名は当時の現地の呼び名「クロライナ」に漢字を当てたものですが、あのように美しい漢字が当てられていなかったら、ここまで日本人のロマンを呼び起こさなかっただろうなとも思います。
表題作はヘディンの「さまよえる湖」に想を得た、砂の中に埋もれたかつてのオアシス都市の物語。穏やかな筆致で、さらさらとした砂の中から現れ、消えていった都市の運命が描かれます。
個人的ベスト3は、「狼災記」「褒・(ほうじ:漢字が出ませんでした)の笑い」「補陀落渡海記」です。「狼災記」は中島敦の「山月記」に比されることも多い人間の変化ものですが、山月記よりももっと冷たくて厳しい結末が待っています。「〜笑い」は、笑わない寵姫が夷敵来襲ののろしを見たときにふっと見せた笑顔が忘れられず…という傾国の美女ものです。のろしの火と美姫の笑顔の取り合わせが美しく印象的な作品です。「補陀落渡海記」は和もの。主人公は、代々の住職が生きながらにして海の向こうの西方浄土を目指さねばならない寺で住職となってしまったがために…という主人公の迷いと周囲の期待(煽り)の息苦しさがすさまじいです。
いずれの作品も読後に「あぁ…」と思いますが、重苦しい余韻が後をひくということはありません。主人公らのたどる運命は、むしろ少し輝いて見えたりします。これは希代のストーリーテラーと評された著者の筆のなせるわざですね。描かれた世界を感じるのが心地よく、何回も読み返したい短編集です。
運命の濁流に激しく、そして静かに対峙する人びと 楼蘭 (新潮文庫)
大国漢と匈奴にはさまれた弱小国楼蘭の変遷を描く表題作他、西域に植民する後漢の武将索勱(そうばい)の姿を描く「洪水」、幻想的な「羅刹女国」など砂漠に人びとの運命を描く短篇と、織田信長を討つ明智光秀の心理に迫る「幽鬼」、極楽浄土信仰に巻きこまれる僧侶を見つめる「補陀落渡海記」など日本の古事に題材を取る短篇計12篇を収録。 運命の濁流に激しく、そして静かに対峙する人びとの姿にただただ感動します。力と力がぶつかり合う西域において、情勢にさとく反応しながら、それぞれの生をしたたかに生きる人びとの息づかいが聞こえてきそうです。 キリスト教的信仰とは無縁の西域で、運命、徳、他社との関係性の中で生を模索する視点は、肯定的な意味でも、否定的な意味でも、必ずキリスト教に回帰していく西洋文学に浸りきっていた私には非常に新鮮でした。井上氏が描く、運命にもまれながら自己を失わずに生を全うする人びとの姿には、不思議な説得力と魅力があります。とてもフィクションとは思えない生々しさが素晴らしい一冊です。
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