カスタマーレビュー
映画のパンフレット 若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
本書は映画のパンフレット。いつもは購入しないが、若松監督のトークショウとパンフレットサイン会とあれば購入しない訳にはいきませんでした。
本書の凄いところは、この映画を観た後に読むと映画の理解がもっと深まるということです。
そこいらのパンフレットとは一線を画す本書。映画を観た人間には必読の書です。映画も傑作であるからパンフレットも凄いのです。映画も必見です。
さて中身は60年からあさま山荘事件、その後の年譜や、吉野雅邦役を演じた役者への本人からの手紙。また映画シナリオ全部、関係者による座談会。役者たちの映画へのメッセージ。若松監督からのメッセージ等盛りだくさんです。内容はパンフレットとしては高額な本書の価格が本当に安く感じられるものです。そして本書の内容はどこまでも熱いのです。その熱に触れるだけで、心に火がつく感覚が得られます。マイナスイメージの彼等の行動に少しでも何かを感じることができるのです。マイナスの中になにかプラスがあるのです。彼らの起こした行動ではなく、その原動力に心が動くのです。その心にともされた火を絶やさないことが、これからの人生において大切なことだと思います。
「まだ何も終わっちゃいない!」〜問われているのは私達の<勇気>ではないのか 若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
浩瀚なパンフレットである。難をいえば、サイズが大きく収納に困るのが玉にキズというところか。
映画前半の赤軍派結成に至る事実関係については、誤認が多く、ブント系党派の諸氏から様々な批判、ないし罵詈讒謗が加えられている。だが、この種の検証作業は篤実な研究者の手に委ねられるべきものであり、この映画にそこまで求める必要はないだろう。
そもそもこの映画は懐古趣味の、ノスタルジアではない。現代を生きる私達に向けられたメッセージである。飛行機爆破のシーンは「バカヤロー!こんなことで終わってたまるか!」という怒号にも思え、「勇気がなかった」という科白はむしろ私達観客に対して発せられた言葉であるように思える。何をやったっていい、ただ、後で「勇気がなかった」という後悔だけはしないでくれ、そんな叫びが木霊してくるような気がした。
それにしても監督の「それでも僕は、若いやつらを信じる」(本書p.182)という科白は泣かせる。些か自慢し過ぎのきらいはあるが、誇りに思っていい科白だろう。
彼は、通り魔殺人をする人間にだって優しさはあるんだ、と言い切る。そこらに転がっている凡庸なコメンテーターは少し恥じた方がいい。(若松は「希望は、戦争」の赤木智弘を批判する一方で、今の若者は不幸だ、監視カメラだらけで自由なんてどこにもない、と正確に洞察している(「キネマ旬報」08年3月下旬号)。最終的に若者達に共感を寄せていく点で、彼のスタンスは「理由なき暴行」の当時から一貫している)
「映画は志だ」と若松監督は常に語っている。私達自身の志もまた、問われている筈である。
映画を観終わった後に 若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
先日、「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を観に行き、
この公式ガイドの価値を実感しました。
この時代に「当事者」として関わった人たちも、そうでない人たちも、
こういう時代があり、必死に権力に逆らい、自分たちの考えを貫いて、
生きた若者がいたという事実を知る機会になると思う。
そして、何が正しいのか、間違っていたのか、感じる事ができるのでは
ないかと思う。掲載している全脚本も一読の価値あり!
本書が映画のパンフレットです 若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
タイトル通りですが、
本書が映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」のパンフレットとなります。
劇場でもこちらの方が販売されています。
パンフレットで1470円は高いとお思いになられるかもしれませんが、
大判な上に膨大な情報量が詰め込まれているので、
一般書籍として考えれば、結果的にはお得だと思います。
映画の台本も収録されていて、完璧です。
映画を観終えて余韻を楽しみたいなら必読の一冊です。
革命遂行という外に向かうべきエネルギーが内部の破壊に向かった瞬間 若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
本書は、映画の解説書ということもあり、当時何が起こったか、
吐き気がするくらい良く分かります。学生運動がどのような過程を
経て連合赤軍が組織化され、最後には、同士殺人、あさま山荘篭
城に至るまで内部で何が起こったか整理されています。同士殺人
の本質は、内向的集団心理状態の中で組織を純化精鋭化すると
いう名目で、その実、各個人の自己正当化するために組織内の弱
者の排除だと理解しました。社会の風潮を否定する組織において、
その内部では組織の意に反する自由思想は認められない画一的
全体主義であった部分は大いにオウムに類似します。
ところで、一般的な日本語の使い方として、粛清とは、不純不
正なものを排除し整え清めることであって、殺人を含有する言葉で
はない。本書の内容紹介にも粛清が用語として使用されているが、
赤化革命を美化すべく、スターリン、毛沢東から連なる共産主義組
織内の権力抗争・内ゲバ殺人に拡大適用されることに違和感を覚
えます。本書が朝日新聞社から出版されたことには頷きます。
連合赤軍に加わったメンバーの一人が当時事件を振り返って
語る。結果的に仲間を殺したことは間違っていたが、世の中の不
条理を訴えたこと自体は今でも間違っていないと信じているのだ
と。反省と総括という言葉は何を意味するのか虚しさを思ふ。
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