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もう一人の自分 実説艸平記 (旺文社文庫)
著者は漱石の末弟子。これは兄弟子中で最も親しくしていた森田草平との数十年にわたる愛憎入り混じった交友記である。阿川弘之のいうようにかなり辛辣な棘のある交友記だ。戦前、法政大学に学園騒動があり、著者や長谷川三千子氏の祖父は学校を追い出されてしまうのだが、この時、敵対勢力の一種の黒幕的存在に祭り上げられたのが草平だったのだ。著者は親友と思っていた人物に手ひどく裏切られたわけだが、この時の経緯を書いた場面が面白い。著者以外の誰も書けぬ文章だ。
草平は岩波書店の岩波茂雄を嫌っていた。聖書を値切って買っていった客を、岩波がわざわざ捜し出し買い戻したという話を著者にし、「いかにも岩波らしい。真の正義は自己犠牲を伴うはず。ところが岩波の「正義」にはそれが欠落している。」といった悪口を言う場面も興味深い。岩波的正義は創立者の精神を脈々と受け継いでいるわけだ。
草平は学園騒動で見当ハズレの正義感を発揮し、親友を失うという大犠牲をはらったうえで、首謀者達に弊履の如く捨てられる。この経緯を描く百間の筆は、怨恨とも憐憫とも嘲笑とも同情とも異なる。あえて言えば、草平のなかに自分自身を見いだしている様な不思議なタッチだ。
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